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プロローグ
プロローグ&第一話: プロローグ
ザー………
「マイクテス、マイクテス。聞こえますか?」
「観測船:アハルディア47船長より、これを聞いている貴方たちへ。」
「我々は、【観察者】です。数多ある並行世界の監視・記録を担う秩序維持機関の一員です。本船に搭乗しているクルーは全部で……ええと、12名。いや16名だったかな……。」
「そのすべてはこの世に生まれ落ちたその瞬間より、観察者であることを自身の使命として誇りを胸に日々業務をこなしています。」
ザザ……ザ………………
「これより語られるは、我々が代々監視し、記録し続けてきた世界のものではなく、我々自身の記録です。」
ザザ ザザザザ ザザザ
「……てる…。これ……は君………の…ん……を………くれ。」
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザ
プツ。
プロローグ&第一話: テキスト
第一話
プロローグ&第一話: ①
ザ……ザザ…………ザ…………
「こち…、…マ……リー。か……ぶ…い、聞こ…る…?」
「…こえ…す。どうぞ。」
「あ…、………り……する。かく……い…につ…、……を整え………ように。どうぞ。」
「了解。ご………。」
プツ。
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『……一段落、かな。みんなお疲れ様!』
定刻、業務終了。
無線から聞こえる船長の一言により、船員たちは散り散りと管制室を去っていく。お疲れ様、これから何をしようか、と今後の予定に胸を躍らせ和気藹々と会話する、あたたかい空間。平和と称するに相応しい空間。
それを、彼は船長室から見下ろしていた。
部屋を見渡す。…………まだ、続けられる。
コートを翻し、船長室を後にした。
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《____食堂にて》
終業直後、食堂には数人の影があった。食事時間は特に定められていないが、早々に食べてしまうのがここにいる4人の常らしい。
「いただきます!」
声を揃えた行儀の良い挨拶は号砲代わり。開戦の合図だ。心得たようにその中の1人、ルークが机の中央で規則正しく積み上がったブロック食からそっと一欠片抜き取った。……セーフだ。
「……うん、甘いやつだ。」
「えー!ワガハイそれがよかったのだ!」
「食べる?」
「いいのかー!?やったー!あーん」
「ルーク、ダメだよ分けたら。それルール違反だからね。」
____ルール①抜き取ったブロック食は自分で食べなければならない
「ヘデラはいつもルールに厳しいっスよね。」
「そりゃあ、勝負は公平にやってこそですから……」
「じゃ、次はワガハイの番なのだー!」
「スー、そんな際どいとこ無理だよ」
____ルール②規則正しく積み上げたブロック食を1人ひとつずつ順に抜き取る
翠は積み上がったブロック食に手を伸ばし、ゆっくり、ゆっくりと抜き取った。……セーフ、らしい。塔の上部が揺らぎはしたものの、それは徐々に収まり、ブロック食たちは何事も無かったかのようなすまし顔で変わらず机上に鎮座している。
「にゃはは〜ワガハイに不可能はないのだ」
翠はそう言って、抜き取ったブロック食を軽やかに自身の口へ運んだ、が。
「フギャ!?……」
どうやら口に合わなかったらしい。舌を垂らし、潤んだ瞳で隣のルークを見上げる。……反応はない。というより、彼は恐らく翠のことを見ないようにしている。トロイを見る。トロイは、ヘデラを見ている。
「このままにするとスイは吐きますよ」
「……例外です、認めましょう」
____裏ルール❶翠が吐きそうな場合は他の参加者に讓渡しても良い
ヘデラの一言に翠は先程までとは打って変わって弾けんばかりの笑顔を見せる。そのまま、正面に座るトロイの口にブロック食を投げ込んだ。数回咀嚼し、飲み込んだトロイの表情は幾分か柔らかい。
プロローグ&第一話: テキスト
「ン、おいしい。」
「なーんでこんな辛いのが好きなのかにゃ……」

プロローグ&第一話: 画像
「次はワタシっスね。代わりに翠にあげればいいのならドギツイ色にしましょうかね」
船内で進むブロック食研究により、トロイ曰くドギツイ色……ショッキングピンクや蛍光緑など、原色に近い色のものは味が極端なことが多い傾向にあると明らかにされた。しかし、それはあくまで傾向に過ぎず、研究はまだまだ序の口である。ブロック食研究は奥が深い。
トロイが危なげなく抜き取った欠片は……目に痛いようなライトブルー。怖じ気付く翠の口へ、容赦なくそれを放り込んだ。トロイが生き生きとしている。船内ではなかなか見ることが出来ない、非常にレアリティが高い姿だ。
「うぅー……!?おいしい!これおいしいのだ!トリィありがとー!!」
「アレっ?……いや、どういたしまして。狙ってやったんスよ」
「ふふ、首傾げてたじゃないですか」
「いっそ清々しいね」
「じゃあ……次は僕ですね。」
ヘデラには、普段の穏やかな性格からは想像もつかないだろうが、負けず嫌いのきらいがある。お遊びとはいえこのゲームだって当然勝負のひとつ。負ける訳にはいかなかった。そして、ある一点。狙いを定めて指を伸ばす。抜き取ったっ……途端、塔は脆くも崩れ去った。音を立て、机上にカラフルな四角が無慈悲にも散らばっていく。
「ああー!!!!!」
翠の、倒壊を惜しむ声。
「……欲張っちゃったね」
ルークの、ヘデラを案じて哀れむ声。
「ハ、勝負アリっスね。」
トロイの、敗北をからかう声。
____ルール③自分の番に、積み上げられたブロック食を倒した人の負け
「……もう一戦行きましょう!!」
そしてヘデラの再戦申し込み。
長い夜になりそうだ。
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《____甲板にて》
甲板。異空間の景色を直に目にすることが出来る、唯一の場所。観測船は常に異空間の定められた航路上を航行しているため、休憩となればこの甲板に駆け上がってくるローレとしては見慣れた退屈な景色でもある。
プロローグ&第一話: テキスト
それでもローレはこの景色が好きだった。

プロローグ&第一話: 画像
観測船が不釣り合いなほどに柔らかな色合いに染まった、幻想的な異空間に、いつか船内の本で目にした"ワクセイ"のような何かが浮いている。それらは"世界の欠片"と言うらしい。文字通り、崩壊してしまった世界の一欠片だ。
世界の欠片は、無数にある並行世界と同様、皆それぞれが自己を主張するように……十人十色とでも言おうか、様々な形をしている。ローレの知識欲を掻き立てるには十分の、未知なる存在。胸が高鳴らないはずがなかった。
……いつか、あの地に立ってみたい。思う存分冒険してみたい。お伽噺のような壮大なストーリーだとか、根底をひっくり返す衝撃の事実だとか、そんなものは要らない。ただ、このみんなとあんな夢みたいな場所を探検出来たなら、きっと楽しい。それだけだ。
……なんて、叶わない独り言だけど。ボクは、みんなは、船員として使命を果たさなければならないから。
変化を望まないローレは、再び訪れる始業時間に備えて夕食を摂り寝床につくのだろう。
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《____管制室にて》
始業時間。船員はそれぞれ担う業務が異なるため、就業中は船内の各所で自身の役目を果たしている。全員が集うのは、始業時間に管制室で行われる朝礼のみであることも少なくない。
「各自持ち場について、業務を始めようか。僕は船長室か保管庫にいるから何かあったら声かけてね。誰か、報告事項はある?……じゃあ、よろしくお願いします。」
よろしくお願いします。船長の声に軽く返事をして、多くは管制室のデスクについた。動力室・医務室へ向かう者や、船内の掃除へ意気揚々と走る者も数名。日常的な風景である。
「この記録の文字起こし、担当してたのシンシアだよな?」
「あー、俺っすね。でもたしかウェルルーにお願いしましたよ!」
「お前の仕事なんだから自分でやれって毎回言ってるだろ!バカ!」
「アダッ」
メルトダウンは仕事に真摯である。全力である。本気である。船員たちは始業時間直前にぱらぱらと集まり始めるのが通例であるため場合によっては時間に遅れることもあるが、それに対してメルトダウンは自室で寝たときであれど半刻ほど前には自身のデスクに座っている。とっくに仕事を始めている。管制室で寝ることだってある。このワーカーホリックぶりに肝を冷やすのは彼が敬愛してやまない船長その人であるのだが、メルトダウンはそれに気がついていない。彼はいつも忙しなく働いている。
完璧主義である本人の性質も相まって、他人の業務までもを把握・管理しフォローに回る彼は、事務仕事においてリーダーのような立場にあるのだろう。時折このように催促に来ては、進捗に応じて手が出ることもあるようだ。
「えーっ、そんなん頼まれてた!?シンシア適当言うじゃーん」
「頼みましたよ!夜!廊下で会った時!」
「そういやリツィんとこ行く途中で会った気もするかも……挨拶みたいに言ってたようなー?言ってなかったような?ま、どっちでもいっか!なるようになるって、アハハっ!」
「そっすね!ハハ!」
「何もしなけりゃなるようにはならないしやらなきゃ終わらないからな」
楽観的な二人が笑い合う中、冷静に正論を飛ばすメルトダウンの目には光がない。はーい……と控えめに返事をして、シンシアは当該業務に、ウェルテルは中断していた自身の業務にそそくさと向き合った。
プロローグ&第一話: テキスト
「あんなカリカリしてっからモテないんだよメルたん、もっとカルシウム摂りなーって話」
「まーだ無駄口叩いてるやつがいるなあ!?」
「やーん出たでた!あたおか社畜くん絶好調!」
「は?」

プロローグ&第一話: 画像
ウェルテルの零した呟きに目敏く噛み付くメルトダウン。管制室のどこかから、またやってるよと2人を揶揄う声が飛ぶ。2人の面白おかしいやり取りは、ここでは頻繁に見られる光景である。
「……リツィ。あれ、バグ。」
モニター前に張り付いていたエマが一点を指し示した。その言葉を耳にした船員たちの表情は一変し、管制室の空気は張り詰める。心地よい緊張感だ。
「よく見つけたな、偉いぞエマ。シャルル、船長に無線。」
「任せな」
「アインス、該当世界を全画面に。」
「はい!」
「……よし。鮫、解析」
「はーい、【解析開始】」
よく通るその声を反響させ、務めを果たすために最も効率的な道筋を導き出すのは、参謀とされるリツィ。彼女はその判断力の高さから船長不在時に起きたバグや問題についての采配を一任されている。このバグに対しても、エマの報告から間髪入れず指示を飛ばした。自身の仕事をこなすと同時に管制室全体にも気を配り、誰が何をしているのか把握しているが故に出来る離れ業である。
指示を受けた面々は、慣れた手つきで機器を操作していく。
シャルルが自身の首に手を添え、画面を表示した。通話先は船長。数コールの後、繋がったようだ。
『シャルル?何かあった?』
「バグが見つかった。今どこにいるんだ?」
『了解、今保管庫だからすぐに移動するよ。準備は?』
「完璧だな、みーんな花丸だ」
『はは、流石だね』
調子のいい会話をする二人に慌てる素振りはない。アハルディア47において、とある並行世界にバグを発見すること、それはいくら頻度が少ないとしても非常事態ではなく通常業務の一環に数えられるためである。数十秒後、船長室に人影が現れた。
「【解析完了】……バグの割り出し成功。船長サーン、準備出来たよ」
『ありがとう、鮫。』
『こちら船長。これより並行世界【0642】のバグを除去する。』
船長室、前方。重厚かつ繊細な、手元の機械に目をやる。
____並行世界を監視し、理を書き換え、バグを取り除くことこそ観測船の役割である。
『____除去完了。』
観測船は、こうして並行世界の崩壊を防ぐのだ。
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『みんなお疲れ様。迅速な対応ありがとう、リツィ!』
「仕事だからな。船長もお疲れ様。」
『終えた直後で申し訳ないけどさっきトロイに呼ばれたから僕は甲板に行ってくるね。みんなのこと、よろしく頼むよ。』
「大丈夫だ。任せてくれ。」
そう一言、無線でリツィに伝えて船長は船長室を後にした。「船長」という役職ではあるが、彼もかなり忙しなく動き回っている船員の一人である。
対して管制室。与えられた任務を終えた途端、気を張っていた反動か、皆は一斉に口を開き、思い思いに労いやら感想やらを述べている。
「バグの処理、すごく久しぶりな気がします。ラズの気のせいでしょうか?ペスジア、出現周期はどうなっているのかわかりますか?」
「バグの出現するタイミングとしては……いつもより少しだけ遅いですけど許容範囲内ですね」
『前回のバグのとき管制室にいなかったんじゃねえか?』
「うーん……そうかもしれません。ラズは記憶違いをしませんからきっとそうですね。そうとしか思えません!」
並行世界のバグは、多少の前後はあれど基本的な一定の周期で出現する。原理は不明だが、これは紛れもない事実である。もしもバグを看過するとその世界の崩壊リスクを高めてしまうとともに、見逃しが続くと様々な並行世界すべてでバグの出現頻度が高くなる。また、その出現周期も狂うと言う。船員ならば当然誰もが知っている、バグについての基礎知識だ。
今回出現したバグは、周期から予測すると少々遅れていたらしい。そんなこともままあるようだ。勿論これは予測でしかないため、いつ何時バグが現れ並行世界を崩壊させるのか、完全に把握することは不可能である。船員は、常に備えなければならない。
そんな話をするラズとペスジアを背後に、鮫は先程の自分に思いを馳せていた。その隣にはリツィ。
「俺様の解析、惚れ惚れするくらい完璧だったな……さすが俺様……」
「ああ、素晴らしかった。鮫はやはり優秀だな。」
「ふふん、まあ当然だよね。優秀な俺様が握手してあげようか?」
「要らん」
「遠慮しなくていいよ!」
さながら握手会のようにリツィの手を取り握手をすると満足したのか、鮫は彼女の肩を軽く叩いてそのまま通常業務へと戻っていった。リツィが終始何とも言えない表情をしていたことには気がつかなかったらしい。
賑わう管制室の扉が人知れず開いた。エスペランサだ。
「あれ、もしかしてバグあった?」
「はい、つい先程。エスペランサさん、動力室の整備お疲れ様でした。」
「ふふ、ありがとうペスジア。実はまだ途中でさ、終業後確認したのに工具足りてなくて。僕のデスクに置いてないかな。」
『工具だぁ……?』
二人と一体は管制室を見渡した。エスペランサの工具と思われる物は、目に入る範囲にはなさそうだ。
「…………見た限りでは無さそうですね……」
「うーんそうだね……もうちょっとくまなく探してみるよ」
そう言って、エスペランサは管制室の奥へと歩を進めた。
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《_____甲板にて》
バグ発見の直前、甲板にいるトロイから船長へと着信があった。普段は無気力な彼女だが、自身のすべきことには誠実である。甲板に異常を発見し、船長へ連絡を入れたようだ。
「やっと来ましたか船長サン」
「ごめんごめん、向こうにも呼び出されてて……」
「まあいいんスけど、暇なんで。……ここ、変じゃないっスか?」
トロイの指の先にあるのは、舵。甲板にある舵は、手動で船を航行させるための設備である。普段観測船は自動航行に設定されているため、舵は滅多に使われることのない設備だ。使っていないというのに、問題?
「……?何だ、これ。」
プロローグ&第一話: テキスト
プロローグ&第一話: 画像
舵の支柱、その裏に何かが貼り付けられていた。……小型の機器?盗聴器だろうか、それとも。

「……僕も見た事がないな…。どうであれ外しておいた方がいいだろうね。何が起きるか分からないし、危険だからトロイは離れてて。」
「了解っス」
数歩下がり、興味深そうにその様子を見つめるトロイ。船長はその機械に手を伸ばし、ゆっくりと剥がしとった。異常が無いことを確認した船長は、それを異空間に向けて放り投げた。それはもう、全力でぶん投げた。
「おおー……」
トロイはその姿に小さく歓声を上げ、控えめに拍手をする。小柄なトロイにとって、大男の全力投球は迫力満点。不審な機械は瞬く間に異空間に吸い込まれ、その影すらも捉えられなくなった。
「異空間に投げちゃって良かったんスか?」
「ああ大丈夫だよ。誰も確認出来ていないけど、異空間には底なんて無いみたいだから。それかどこまでも続く暗闇なんだって。はは、落ちたら怖いよ、気をつけてねトロイ。」
子どもに言い聞かせるための作り話かもしれないけどね、そんなの。
そう言って、船長は眉を下げて微笑んだ。
____瞬間、響き渡る轟音。
アハルディア47が、大きく揺れた。
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《____管制室にて》
「、わ…………?!」
「エマ!大丈夫か!?おい、何だよこれ……ッ」
体験したことのない揺れに、エマは思わず倒れ込んだ。近くにいたシャルルが咄嗟に膝をついて彼女を支えた。普段は飄々としている彼も、動揺の色を隠せず顔を引き攣らせている。
「うわっ!?」
「おっ、と大丈夫っすかヘデらん」
「あ!ありがとうございます先輩!すみません、受け止めてもらって……っとと……」
エマやヘデラだけではない。思いがけない衝撃に体勢を崩している船員がほとんどである。
予期せぬ振動は、いとも簡単に管制室を混乱に陥れた。
____非常事態だ。紛れもなく。
初めて耳にするアハルディア47の警報。船内マップを表示すると、どうやら震源は動力室のようだった。
……おそらく、爆破された。三階一帯に異常があるようで、マップ上ではいくつか不気味に点滅する赤が見られる。このマップは、船内に異常があると該当箇所が点滅するらしい。
船長から全員へ、無線が入った。
『こちら船長!みんな無事!?トロイは僕と一緒にいる、甲板の一部が崩落したが怪我はない。今管制室にいない船員、応答せよ』
『こちらハイル、ネリネと医務室にいるよ。2人とも無事、管制室に向かいます』
『こちらペスタ!!1階廊下にいます!ちょっと転んだりもしましたが怪我はありません!管制室に向かった方が良いですかね!?』
『そうだね、向かえる船員は全員管制室に向かって。そこなら安全だ、3階には上がらないように。リツィ、管制室には何人いる?』
「14名。全員無事だ。」
『そうか……、良かった。破損状況を確認したい、背に腹はかえられないね。どこかの世界の欠片に停泊しよう。管制室、異空間のマップを表示して自動航行の目的地を変更、出来るかい?』
「やってみよう。」
『それとハイル、管制室に到着したら本当に皆怪我や体調不良が無いかどうか確認してくれ。まだ医務室にいるなら、一応救急箱と翠の酔い止めを持っていってくれる?』
『わかったよ船長さん。任せて。』
『そうだ、あと温室の機能は今遠隔で止めたから気にしなくて大丈夫!作業に取り掛かって、分からないことがあればすぐに無線するように!』
爆発直後、一度は取り乱した船員達も無線を通じて飛ばされる指示や聞き慣れた船長と船員たちの声、誰一人被害を受けていないことを耳にすると次第に落ち着きを取り戻した。指示に従い、管制室の巨大モニターに異空間全体のマップを表示する。
プロローグ&第一話: テキスト
【全体マップが表示されました】

プロローグ&第一話: 画像
「なんで……こんなに画像が乱れて……?」
「……世界の欠片は、壊れてしまった世界の残りカスだ。ボクらも研修で見ただろう、きっとこれらも元々はバグが原因で滅びてしまった世界だから……その影響を欠片も受け継いでるんじゃないかな。」
ローレは、世界の欠片について船員としては誰よりも知っていた。こんな形で各欠片の名前を目にすることになるとは思ってもいなかったが、世界の欠片についてはよく勉強していた。観察していた。現在、非常事態かつ自身も含めて皆が危険に晒されている自覚はある。それでも今、彼女を支配しているのは歯止めの利かない知識欲だった。世界の欠片に上陸出来る。頬が、手先が熱を帯びる。あの憧れの地に立てる。努めて、楽しんでしまっている様を表に出さないようにはしているが、逸る気持ちを抑える術は生憎持ち合わせていなかった。
「話は後だ。とりあえず目的地を変更しよう。今は一定の航路上を周回しているから、最寄りの世界の欠片に。」
最寄りの世界の欠片。船員の目は一点に集中した。
____EMERALD00。船員たちが唯一、元々知っていた世界の欠片。異空間において、東西南北の基準とされる世界の欠片、すなわち00。
モニター前に座るアインスは、経験したことの無い事態に目を回しながらもその手を止めていない。基本業務すべてをそつなくこなす彼は、こうした機器の扱いにも長けているようだ。……もっとも、本人はそうは思っていないようだが。
「リ……リツィ殿、僕じゃ無理じゃないかな……?!」
「出来る。自信を持て。今のところ、間違っていないと思う。」
ひぃ、と情けなく呟きながら、設定は次々書き換えられていく。この調子なら、あと数分もすれば上手くいきそうだ。
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《____崩落した甲板にて》
「よかったね、僕ら、舵のある船頭にいて」
「まったくっスよ……」
甲板では、その半分が所々崩落していた。シアターの無い側の甲板が落ちてしまっている、つまり、温室や動力室がある辺り。また、船長室の真上の辺りも崩落していると見て取れる。もしも、誰かが3階にいたなら。もしも、エスペランサが動力室にいたなら。甲板を崩落させるほどの威力の……恐らく、爆弾。人間がまともに食らっていたとしたら。
そこまで考えて、船長は思考を切り替えるように首を振った。今考えるべきはそれじゃない。
「みんなの安全確保が第一だ。ここなら……きっと、00にでも向かうかな。」
片手で柵を掴み、もう片方の腕でトロイを支えている。いつ滑り落ちてしまうか分からない甲板、現状船内で最も危険だろう。次は、甲板の端にある錨を____
目を見開く。
あれは、あれだけはいけない。
「…………トロイ、頑張れるかい?」
「は?いや、1人でも全然大丈夫っスけど」
「そうか。手を離すよ。」
すぐ目の前にある、舵に手を伸ばした。
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《____管制室にて》
【目的地をEMERALD00に設定、これより自動航行を開始します。】
アハルディア47は、EMERALD00へ向けて急転回し始めた。遠心力で体が投げ出されてしまいそうだ。
「終わっ……た?」
「終わりましたね!!アインス、凄いです!!えらいえらい!!」
設定変更を完遂したアインスは、さすがに疲弊したのか机に上体を預け、弱々しくも安心感に満ちた声をあげていた。彼の横では目を輝かせたラズがアインスを褒めちぎり、皆は安堵の息を漏らしている。これで、きっと無事に。
ようやく落ち着いたかという頃、再び無線が鳴り響いた。
「船長殿!変更終わっ____」
『みんなごめん、どこかに掴まって!!【自動航行解除】!』
【自動航行を解除し、手動操舵へ移行します。】
………………は?
突如、揺れる視界。いや、視界ではなく、管制室が、船が揺れている。
つい先程経験した否応なく地面に吸い寄せられるような遠心力が、再び、戸惑いに満ちた管制室を襲った。何の前触れもなく与えられた、意図を測りかねる指示など咄嗟に応えられるはずもなく、数名が床やデスクへぶつかった。怪我はないらしいのが救いだ。
「ひょわ〜?!?なんですかこれー!!!?」
「落ち着けペスタ!モップ置け!!あちこち濡れる!!!」
悲鳴をあげながら床を転がるペスタ、その手にはモップ。つい先程まで廊下を濡らして駆け回っていたのだから、当然未だ大量の水分を含んでいる。撒き散らされてはたまらないとばかりに、メルトダウンが声を張り上げた。彼もまたバランスを崩して床へ座り込んでいたが、ペスタを怒鳴る余裕はあるらしい。
「イッター!!!ちょ……センチョー何のつもり!?!?」
ウェルテルが声を上げた。その表情は困惑と動揺に染まっている。無線は繋がっているようだが、船長の返事はない。
「トロイ、無事!?」
鮫もウェルテルに続いて無線を繋げた。相手はトロイ、個人通話のようだ。
『は……はい、無事っスけど、ウワ!?』
「トロイ!!?」
『大丈夫っス!!みんなにもそう伝えてください!船長サン、何か探してるみたいで……船の部品ですかね、さっき動力室の方からいくつも飛んでいってたので……』
トロイの声色には、動揺は見られるものの恐怖は感じられない。彼女が投げ出される心配は無いようだ。鮫は、ひとまず胸を撫で下ろした。
しかし、アハルディア47が異常な状況に置かれていることに間違いはない。船員たちは舵を用いた操舵など行った試しがなく、そもそも舵の使い方すら見当もつかない。また、再び自動航行に設定したところで船長のチョーカーにより遠隔解除されることは目に見えている。したがって船員たちには文字通り為す術がなかった。今は、船長の操舵に従うほかないだろう。……この船は、一体どこに向かっているのだろうか。不安を拭いきれない船員たちは、誰一人として言葉を発することなく、事の顛末を見届けようとしている。管制室が静寂に包まれた。
▁▁▁▂▃▄▅▆▇█▇▆▅▄▃▂▁▁▁▁
どのくらい経っただろうか、アハルディア47はある世界の欠片に停泊したらしい。甲板の端に常備されていた、重い錨が下ろされた。金属の擦れる高い音と地面から響く鈍い音が不協和音を奏でている。
『本当、申し訳ない!!』
船長からの無線。
『みんな、大丈夫?無茶な航行をしたのは僕だから、僕が聞くのはお門違いかもしれないけど……』
「……17名、無事だ。」
『ありがとう、リツィ。』
『今、この船は……EMERALD00よりも北西に位置する世界の欠片____表示にバグがあって読めないけれど、【202】に停泊している。』
『なんで自動航行を解除してまでこんな場所に来たかとか、聞きたいことは山ほどあるだろうけど、とりあえず破損箇所の確認を行う。エスペランサ。』
「オーケー、ボス」
『僕とエスペランサは動力室を見てくるから、他の皆はもう終業にしよう。よく休んでね、お疲れ様。』
プツ。
「……じゃあ、僕は行くね。……みんなお疲れ様。」
エスペランサは、やり切れないような表情で船員に労いの言葉をかけ、管制室を後にした。
こんな状況のまま放っておかれて、納得なんてできるはずがない。しかし、船長に「終業」と言われれば終業なのだ。ひとり、ふたりと、管制室を去っていく。この後は、個室で話し合いでもするのだろうか。こんな事態は初めてで、ひとり個室に籠ることに不安を覚える船員もいたらしい。彼らはどんな思いで、どのようにこの夜を過ごしたのだろうか。
……眠れる訳がなかった。これは、どういうことなのだろうか。疑問が、疑念が脳を埋めつくし、ルークは一人眉をひそめた。
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《____壊された動力室にて》
動力室の天井は一部崩落しており、確認出来ない場所もあった。が、主力の装置は無事らしい。観測船として正しく稼働するには必須の、「持続して航行すること」、そのための機械だけがいくつか的確に破壊されている。この破損の仕方を見るに、もしも船外に散らばったであろう部品が集められたとすれば、修復も可能かもしれない。
第一は、部品を集めること。恐らく船長も修復可能であることを見越して部品を追い、無茶な航行をしたのだろう。エスペランサは、自身の中でそのように折り合いをつけた。
それとは別に、気になることが、ひとつ。
……犯人は常に航行し続けるための機械と、またその目くらましのために、崩壊しても主力装置を傷つけない天井に爆弾を仕掛けたらしい。____つまり、犯人は、動力室の構造を完全に理解している。
船員のうち、この動力室に日常的に出入りするのは船長とエスペランサのみ。また、この管理が出来るのもこの2人のみであった。だが、自分はもちろんやっていないし船長にだって観測船を破壊し業務に支障をきたすような真似をするメリットなど微塵もない。
……また、外部犯の犯行とも考えられない。アハルディア47は、自身の記憶が及ぶ範囲では他の何とも接触してはいないためである。侵入する余地がない、そのはずだ。そのはずだった。と、いうことは。
そしてエスペランサは、ある可能性を導き出した。
____アハルディア47に搭乗している船員に、自らを偽って僕らの知らぬ間に搭乗し、動力室を爆破した者がいる。観察者としての役割を、僕らから奪ってしまおうとした者がいる。最終的には、数多の並行世界を崩壊させようとしている者がいる。
他の機械を確認していた船長の方を見やるが、帽子の影に遮られその表情を目にすることは叶わなかった。
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《____管制室にて》
始業時間。船員は全員管制室に集合していた。この瞬間だけを切り取って見たならば普段の朝礼と大差ない光景であるが、置かれた状況は何もかもが日常と異なっていた。何よりも、船が壊れてしまっていること。業務が行えないこと。それらは、船員の表情を曇らせるには十分すぎる事実だった。
船長は、皆の顔を一通り見渡したのち、ゆっくりと、穏やかに、いつも通りに話し始めた。
「おはよう。よく眠れて……は、なさそうだね。」
「僕とエスペランサで動力室を確認したところ、必要な部品を集められれば修復出来そうだったんだ。だから、君たちには世界の欠片で部品を探してきてほしい。全部ここにあるとは思えないから、様々な世界の欠片を渡り歩くことになるだろう。アハルディア47は、ずっと航行し続けることは難しくなってしまったけれど経由しながらなら航行出来る。」
「爆発の原因?…………まだ、分からないんだ。ごめんね。」
「とりあえず、どうにか動力室を復旧したい。どの道動力室が復旧しない限りは業務を行えないから……そのためには、君たちの協力が不可欠だ。」
プロローグ&第一話: テキスト
「これも果たすべき使命のひとつだと思って、少しだけ僕に力を貸してくれないかな。」

プロローグ&第一話: 画像
並行世界を管理する、秩序維持機関の一員、【観察者】。
数多の並行世界を救うという使命を果たすために、彼らは滅びた世界のちっぽけな一欠片を一歩一歩踏みしめて前進する。
誰でもない、自分自身の足で。
____これは、船員たちが代々監視し、記録し続けてきた世界のものではなく、彼ら自身の記録である。
【Observer_Z】
プロローグ&第一話: テキスト
プロローグ&第一話: 動画
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プロローグ&第一話: テキスト
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