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第九話: ⑨

この欠片は、軽い気持ちで内部に立ち入るべきではない。あれほど明らかに連なっているとそちらにばかり目が向くのも納得出来るが、視野が狭くては得られる情報も少ないのだ。

船を降り、建物の方へ向かう。数人が建物に入って行くのを見届けると、方向を変え建物に沿うようにして歩みを進めた。


【あなたたちは、ぐるりと世界の欠片を一周することにしました。】


絶え間なく立ち並ぶ建物は合間に有刺鉄線を挟みながらも、内部に踏み入れさせる、あるいは脱出させる気はさらさら無いといった風貌で佇んでいる。有刺鉄線はこじ開けられた跡があるものも見られたが、内部に入ってしまうのは目的から逸れてしまう。深く考えることを避け、それらを横目に足を進めた。

やはり船員はチイサナタテモノ、その周辺までしか進んでいないらしい。ここからは誰も訪れていない区域だ。

ただのひとつも足跡がない、眩しいばかりの雪が視界を埋めていた。


ざく、ざくと小気味よい音とともに歩き続けるが、大した変化は見られない。やはりこの欠片は内部に重要な物があるのかと自身の選択を疑い始めたところで、ようやくアハルディア47の停泊位置から真逆、反対側へと辿り着いた。


……足跡は無い。同じことを考え反対回りでここまで来た者がいることも予測していたが、考えすぎだったようだ。

足跡は、ないが。

よく知っているような、全く知らない、何かがある。

雪はそれを避けて積もっている、というよりも積もっていた雪に突っ込んだかのようで、それに雪が積もっている様子はない。世界の欠片に何があってもおかしくないとは耳にタコができるほど聞かされた話だが、あまりにも異質、異様。内部に立ち並ぶ建物とはまるで違う、この欠片の一部としては見合わないそれをただ呆然と見上げることしか出来なかった。


____どうやら、この船は、中に入ることが出来そうだ。



【探索箇所解放:▆▁▆▆▁▄┫▆◆▆】


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見知らぬ船。危険があるかもしれないと考えながらもどこか心が躍っているらしく、彼の足取りは軽かった。近頃仲が悪かった二人が共に行動していることに、また、自身の最愛と行動を共に出来ることに、満足気な表情を浮かべてラズは前を歩いている。


後ろを歩く二人はぽつぽつと話してはいるものの、やれ天気がどうだとかやれ雪がどうだとか、彼女らの交わす手探りの雑談はどうにも気まずい。ラズかシャルルが声をかければ安心したような顔をして話しはじめるのだから、助け舟を出さずにはいられなかった。

どこかぎこちない二人の仲が良い方向に転べばよいと、そのためには自分の好奇心を満たすために事情を聞き出すなどしてはならないだろうと、事情を聞きたい気持ちを堪えてラズは努めていつも通りに振舞っていた。


四人は、立ち入ることに決めた、どこか覚えがあるような風貌の船を見上げる。船はどれもこうした構造なのかと無理矢理納得することが出来るほど能天気であれば良かったが、現実はそうではない。

甲板の一部に堂々とそびえ立つ、重く大きな扉を眺める。わずかな寒気と期待を背負い、アハルディア47によく似た何かに向けて一歩踏み出した。


強い衝撃にでも襲われたのか、内部はどこも荒れている。軽く首を回し視線を巡らせれば、所々が破損しているこの船には瓦礫に閉ざされている通路や部屋もあることが見て取れた。また、どうやらここは3階層に分かれているようだ。


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第九話: テキスト

《____個室にて》


ヘデラの頭脳は優秀だ。感情に囚われず、主観で視野を狭めることなく、多角的に物事を捉えることが出来る。客観的に見ることができる、冷静に考えられる。それ故に、ありえない事態を前にすると感情に先行して、感情が追いつくよりも前に"ありえないもの"と処理してしまうのが彼の脳だった。

それは初めて直面する、目の前で繰り広げられた"物語"に対しても同様に働いた。彼はまるで現実感の無いシアターでの出来事を、語られた親友の人生を、未だ現実とは思えないでいる。それでも、映像を見た直後、映像から目を逸らし思考を放棄したあの時よりは頭が冷えている。


この部屋で唯一寝転がることが出来るほどのスペースを有する自身のベッドに横たわりヘデラは考えていた。

彼は、逃げることなく向き合い、受け取った事実を整理して、自分の気持ちと客観的な視点から得た解釈との折り合いをつけようとしている。


申し訳ないことをしたと、その気持ちに間違いはない。

半ば追い詰める形で悩みを吐かせたのも、彼の過去、らしいその映像で何かを思い出させてしまったようであったのも、切っ掛けは自分で言い出したのも自分だ。

しかしどうだろうか。映像を見ると実際に決断したのは話し合いの末であるし、ルークは自分の映像ならば見たいと言っていた。ようやく悩みを分かち合えたのにひとりで再び抱えさせることにならなかったのはよかっただろうと、冷静な彼は考えている。

悪いことばかりではなかったのではないか。もしもルークひとりで過去を見たとしたら、誰にも共有出来なかったとしたら、それは不幸なのではないか。無知のままに、ひとりで抱え込む傾向にあるルークに無遠慮に声を掛ける自身の姿を想像し、眉を顰めた。何も知らず能天気に上辺だけの関係で親友を語る未来が無いことはお互いにとって救いだろう。

幸い自分は、ルークの過去、らしいものを知った。

分かち合える、支えになれる、今度はその資格がある。


ヘデラは受け入れられていない。現実とは思えない、同一人物とも思えていない。だがそれは彼の冷静な脳の話で、ヘデラの意思はルークを、ノアを受け入れようと努力していた。 誰も知らないノア・キールを、自分までもが否定することの無いように。


始業を迎えたら、彼は目を合わせてくれるだろうか。

逸らされた視線を思い返して目を伏せる。

足繁く部屋を訪れられるほど、干渉されたくはないだろう。目を逸らした彼には、きっと噛み砕く時間が必要だ。だけれど、潰れてしまいそうになったとき、いつだって手を差し伸べられる存在でいよう。味方でいよう。過去がどうだとか分からないけれど、船で出会ったのかも知らないけれど、ここに味方がいるのだと知ってもらえたら何より良い。

生きたいと願ってくれれば、何より良いのだ。


思いを固めて心が安らいだのか、次第に意識が沈んでいく。そっと目を閉じれば、知らぬ間に眠りに落ちていた。



現実感が無い。実感が湧かない。へデラの感情を伴わない分析は楽観的なようにも思われるが、決して悪いことではない。

受け止めきれずに、支えるべき立場である人間もまた心を痩せ細らせてしまうくらいならば、傍にたった一人でも事情を知る誰かがいた方がずっと良い。当事者だって救われる。特に彼の親友は、世界の全てを信じられず、自身の生まれ育った環境故に行動を起こすことも出来ず、孤立し、一人死にゆこうとしていた。考えはするものの行動には起こせず、そうしてぐるぐる考えては重荷に耐える。きっと、誰の助けも無ければ同じ道を辿るか、潰れてしまうのがルークだった。

その意味で、へデラの定めた指針は正しかった。


現に、ルークはひとり、考えている。自身の個室で膝を抱えて瞳に影を落として犯して来た罪を数えている。こんな罪を背負った自分がヘデラや翠、船のみんなと共にいても良いものか。……許されないだろう、と、膝に顔を埋めた。

ルークは翠の過去を知っている。そして自分が彼らを売り飛ばす側の人間であったことも、似たような真似をして生きてきたことも、知ってしまっている。……翠がそれを知らずとも、ルークはこれまで通りに接することなど出来ようはずもなかった。


鮫と翠を残してシアターを去ったあと、ずっと医務室で眠っていると聞く翠に、夜中のうちに会いに行くことにした。翠が目を覚ましてしまえば僕は翠を避けてしまう。もし落ち着いた彼女にまでも拒絶されてしまえば、僕らの関係は崩れてしまう。翠の拒絶の言葉と自身の過去とを思い返して、ルークはそう考えた。


だから、今のうちに。狡猾で卑怯な逃げの手だ。

それでも、一目だけでも、一言だけでも、伝えたかった。


医務室を訪れればなぜだか扉が開いたままになっている。明かりは落ちていて、薄らとした廊下の白い光が医務室に射し込んでいた。不信感とともに内部に踏み入れば、酷く荒らされた室内が目に入った。何かが起きたことには間違いない。ルークはわずかに険しい顔をしたものの、彼の目的はそこではない。自身のことでいっぱいいっぱいなのに、医務室で何が起きたかなんて考えようもなかった。特段気に留めることもなくベッドへ向かい、静かに眠る翠に目を落とす。暗い室内でその表情は窺えない。数秒ののち、彼はベッドサイドの椅子に腰を下ろした。

第九話: テキスト

そうして指先で翠の頬に触れ、告げる。

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第九話: 画像

「僕はもう、君と一緒に居られない。眩しい君の傍にいる権利はない。」


「だからごめん、……今伝えるのは、狡いけど。」

第九話: テキスト

「……好きだよ、スー。」

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第九話: 画像

眠っているうちにしか素直になれない僕に、君に合わせる顔がなくて逃げてしまう僕に、君は怒るだろうか。

ずるい奴だと頬を膨らませるスーを想って、ルカは寂しげに微笑んだ。



ルークが医務室を去ったのち、わずかに睫毛が揺らめいた。

____翡翠が覗く。



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《____船長の個室にて》


始業時刻。

かなり強く頭を打ったらしいメルトダウンは未だに目を覚まさない。もし起きたとしても医務室を荒らしたらしいその行為の真意と、彼の現状を正確に把握もしないままに朝礼に連れて行く訳にもいかず、船長はメッセージにより始業を告げた。


身支度は既に終えている。変わらず眠る彼をベッドに横たわらせたまま、船長はデスクに向かっていた。

船の修理は着々と進んでいる。部品も、複数の船員が見つけ出してきてくれている。部品の集まりは悪くなく、前の世界の欠片と同じくらいの部品がここにも散らばっていたならば、そろそろ回収が終わるだろう。その確認として用いるはずだった探知機がどうにも調子が悪いのは計算外で、直りそうにもないそれはひとまずこのまま経過を見ることにした。……船の部品と同じような素材が、この世界の欠片に元々大量に存在しているとすればこの狂い具合にも説明がつくが、それはあまりにも非現実的な物語だ。船長は軽く眉間を揉むと、再び壁面に浮かぶ画面と机上のパネルに向き直り、何やら打ち込みはじめた。


アハルディア47における科学技術とは何もかもを可能にする魔法のような術で、船長はそれを扱うことに長けている。欠けていた甲板も素材と時間さえあれば再構築出来るようで、その修理も徐々に進んでいるところだった。今はその操作をしている、らしい。どこが何なのかも分からない3Dのマップを前に、無表情でただパネルを打ち続ける様は、バグを取り除く操作を行うときにも見られる姿である。仕事で何かの操作をする際はいつもこうで、操作を始めると話しかけられない限りは黙り込み無感情にモニターを見つめるのはもはや彼の癖だった。


そうしていれば、パネルを叩く音の他に衣擦れのような音が室内に響く。……メルトダウンが目を覚ましたらしい。船長が動きを止め、ベッドの方へ目を向ける。

緩慢に起き上がった彼は状況が掴めていないらしく、半ば閉じかけた瞳のまま室内を見回している。やがて船長の個室らしいこと、船長がいることに気がつくとその目を大きく見開いた。


「おはよう、メルトダウン。」

「…………船長?」

「医務室のこと、覚えてる?」

「医務室……」


船長の言葉を繰り返しうわ言のように呟く彼は、少し経って合点がいったように手を打った。


「ああ!すみません、ぼんやりしてて」

「……君は、メルトダウンかい?」

「聞いてくださいよ〜船長!!あいつら酷いんですよ、薬くらいくれればいいのにさあ、シンシアなんてぶん殴ってきやがって、ちょ〜っとつついただけなのに」

「……」


仰々しい身振り手振りで話す彼に、船長がわずかに眉を寄せる。口を噤んだと思えば、船長を見つめ、続けた。


「せ〜んちょお!俺、頑張ってますよね?有能ですよね?ふふ……ごほ〜びとかさあ、……欲しいなあ♡なーんかいいの、持ってましたもんねえ、船長♡♡」


普段のメルトダウンであれば見せるはずのない、どろりと蕩けるような瞳が船長を捉える。

予想していたとはいえ、突きつけられた現実は、彼の視線とは対照的に冷え切っている。瞬時に何もかもを理解してしまった船長は、ひどく顔を歪め、その瞳から逃げるように目を伏せた。



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《____???:動力室にて》


アハルディア47の対岸に位置する、廃墟のような船。ここを訪れたのは、どうやらラズたちだけでは無かったらしい。

乗り込もうと一歩踏み出したその瞬間、背後から声をかけられた。突然の声に四人で肩を跳ねさせたものだが、慌てて振り返ればそこにいたのはよく知る三人だった。あまりの反応にエスペランサたちが驚くという奇妙な驚きの連鎖も起きていたが、人数は多いほうが効率よく探索出来る。計七人という大所帯で乗船すると、この船もまた三階層に分かれていることがわかった。少し相談して、3階はラズたち、2階はエスペランサたちが各々探索することに決めた。1階には探索を終え次第両グループとも向かうことになっている。


「手分けして探索、ですね!良いもの見つけた方が勝ちとかにしますか?」

「ふふ、ラズ君ウキウキですね」

「よーしその勝負受けて立つ!ボクらが勝とう!ペスジア、ラン!」

『こりゃあローレも相当浮かれてんな?』


そんなやり取りを交わし、各々の担当する階へと向かって、今ラズたちは3階にいた。


「なかなか荒れてんな……床とか抜けねえといいけど」

「ですね!ギシギシ言ってるような気がします……」


荒れた内部に不安を覚えつつも、周囲の状況を把握する。内部は、切れかかりながらも辺りを照らす照明のおかげで視界は良好で探索するのに不自由は無さそうだ。階段を出てすぐ、廊下が突き当たりまで真っ直ぐに伸びていて突き当たりには扉があり、構造は自身の船と変わらないらしいことが予測された。扉、と、それがあったであろう空間の様子からして部屋の数は幾分か少ないようだ。


目の前の扉は荒れた船内では目立つくらいに姿を保っており、その頑丈さは言うまでもない。開けるのに苦労するかとも考えたが、シャルルがそれに手をかければ、扉は存外簡単に四人を迎え入れた。恐る恐る、踏み入れる。


「でっ…けー……な?」

「…おおきい……」


船員の平均よりも少し高いくらいの身長である、シャルルとエマが目の前に並ぶ重厚な機械を見上げて呟いた。天井まで届きそうなほど背の高いそれらは、数少ない壁面に固定された機械らしい。船内を荒らした衝撃の影響か、部屋一面を埋め尽くすように並んでいたであろう機械の多くは床に伏せるようにして大破していた。

無事に佇むその機械に近づけば、操作パネルやボタンのようなものが設置されている。


「なんだろ、このボタン。押してみたいけど、爆発とかしたら嫌だな。」

「あ!すみません押してしまいました……爆発しませんね?」

「あー、ラズ、九死に一生だよ?」

「……でもラズにかかればこの通りですから!大丈夫です!」

「あはは、たしかに。」


それらに少し触れてみても特に反応は無かったようだ。シャルルも何やらパネルを叩いてみるものの、それが起動することは無かった。


「わーからん!さっぱりわからん。エスペランサさんがいればなァ……俺はだめだ、パス。」

「……機械のことは、あんまり、です。ぺたぺたしないほうがいい?」

「そうだな。あんま触って照明落ちたりなんかしても困るし……」


普段、動力室に立ち入ることは無いものの、うっすらと残る記憶を辿ればアハルディア47の機器はこれほどまでに部屋を圧迫するような、大きく重いものは見られなかったように思われる。ハイルは、思い返してようやくここに並ぶ機械が全く見覚えの無いものであることに気がついた。


「こんな大きい機械、……船には無かったと思う。ほら、これなんてラズよりも大きいかも。」

「う、負けてしまいました……」

「ふふ、可愛さはラズの勝ちだよ」


終始和やかに、しかし足元の鋭い破片には気を配りながら部屋を見渡す。部屋はアハルディア47の動力室よりも広いはずであるのに、ひどく圧迫感のある閉鎖的な部屋であるかのような印象を受けた。エマがそれをぎゅうぎゅうと表現するのをシャルルが優しい眼差しで見つめている。

シアターでの出来事以降、シャルルはエマを気にかけている。こうした、以前のエマと同様、発言しようとしている点や態度から彼女が立ち直りつつあることを感じ、思わず頬が綻んだ。何やらはしゃいでいるラズとハイルを横目に、静かに告げる。


「エマ、……お前たちに何があったのか、俺は知らないし上手いこと言葉もかけられない。でも、お前たちが前みたいに元気になってくれたら、俺は嬉しいよ。」

「シャルル、さん…」

「急がなくていい、焦らなくていい、たまには休んだっていいからさ。ゆっくり、ゆっくり進んでくれたらいい。俺は待ってるよ、お前たちが元気になるの。……はは!エマは知らないかもしれないけどおにーさんは待つのが得意分野なんだ。」


そう言って、快活に笑ってみせる。エマはシャルルを見つめて瞬きを繰り返した。あの時と同じ、けれどその目元はもう腫れてはいない。

彼の言葉を受け取り、噛み砕き、その身に落とす。エマは、間違いなく彼に救われていたあのときには伝えられなかった思いを口にした。


「……ありがとう」


きっとシャルルには先程の言葉へのお礼だとしか思えない。けれど、過去を知り少しずる賢さを覚えたエマは、そんな五文字に思いを込めた。

あの時、一人きりにしないでくれてありがとう。ずっと気にかけてくれてありがとう。背中を押してくれてありがとう。たくさんの感謝を、そこに込めた。

面と向かって全てを告げるのはどうにも気恥しい。伝わらなくても良いと、ずるくなったエマは勝手に思いを込めたのだ。


感謝を告げるエマの表情は、近頃目にする強ばったものとは大きく異なり、柔らかく緩んでいる。久しく見ていないその表情にシャルルは少し驚きながらも、なにかじんわり心があたたまるような、手先が熱を帯びるような感覚に任せ、心からの笑みを浮かべた。


この部屋には、これ以上の収穫は無いようだ。未だ話しているラズとハイルに声をかけ、動力室を後にした。



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《____???3F:保管庫にて》


動力室の対面にある部屋、扉が半ば外れかけているそこに向かうことにした。開けるまでもなく内部が覗いているのだから、どうにも気を引かれてしまった。一応、壊してしまわないようにと注意を払って扉を押せば、軋むような音を立てて入口が開かれた。


隙間から地面に散らばる紙の束が見えていたこの部屋は、予想通りに保管庫らしい。鼻に抜ける紙の香りはなにか懐かしい心地がして、ハイルは少し息を着いた。

床に散らばる紙や棚にぎっしりと詰め込まれたファイル、そして保管された記録媒体。普段、四人の誰も保管庫に立ち入ることはないため内装を比べようはなかったものの、四人の抱く大まかなイメージと内装は合致していた。違和感はない。


「広いですね!何かありそうじゃないですか?ちょっとワクワクしてしまいますね。うーん……どれも記録みたいですけれど……」


ラズの言葉の通り、この保管庫はアハルディア47のものよりも広く、そしてそのどれもが記録や資料であるようだ。見渡せる範囲、目を通すことの出来る範囲のものはどれもそれらであった。

エマが、足元の黄ばんだ紙を拾い上げ、何気なく黙読する。……どうやらそれは、バグの出現周期をまとめたリストのようだった。

各々が興味のあるところを見ているようで、広い部屋に散らばって目ぼしい何かの探索を進めている。


ラズは、規律に則り保管されているのであろう、記録媒体の前に立っていた。個々に分かれた透明な箱に保管された記録媒体は、整然と並んでいたであろうかつての姿は見る影もなく四方八方に寄ってしまっている。扉が外れるほどの衝撃に耐え、しかも割れていないことから、この箱がかなり頑丈であることが読み取れた。中身を取り出そうにも、知る由もないような方法が必要なのか、開く気配はない。

「……この箱、頑丈で便利そうです。うちの船にもあるんでしょうか……?」

誰に向けるわけでもないラズの呟きは、広い保管庫に消えた。


ハイルは、荒れた室内とは異なり見事に整列している棚の前に立っていた。これは恐らく、当時のままの姿なのだろう。衝撃に耐えうるほどに隙間なく詰め込まれたファイルは、ハイル一人では抜き取ることが出来なかった。


「ん?どうした、ハイル」


困っている様子のハイルに声を掛けたのはシャルルだった。

お安い御用だと、彼があんなにも苦労したそれをいとも簡単に抜き取ったのはハイルにとって何か腑に落ちないところがあったが、そんな不満には蓋をした。ファイルを手に取り、開く。シャルルもそれを覗き込んでいる。

丁寧にファイリングされた紙には、一定の大きさの無機質な文字が並んでいた。打ち込んだものをプリントアウトしたらしく、劣化が見られるもののアハルディア47でも時々目にする身近な書類と似たようなものであるようだ。行儀よく並ぶ文字列に目を通し、内容を確認する。

知らぬ間にラズとエマも探索を終えたようで、シャルルとハイルが二人並んで何かを見ている様子を不思議に思ったのかこちらへ向かってきた。四人で、各々に文字をなぞる。



『考察:並行世界の崩壊とそれに伴う世界の欠片の産生、Observer_Zの異空間への干渉について』


『世界の崩壊の際、あらゆる生命は世界と運命を共にする。』


『定説は正しい。しかし、その限りではない。異空間は時間の流れが存在しないにも関わらず絶えず変化を続けている。解明されるべき謎は常に増加している。異空間を並行世界のひとつとするのは余りに浅慮だが、異空間も並行世界の一部法則に当てはまるとしたら、この変化は我々が干渉していることが原因かもしれない。もしもそうならば、これは防ぎようのない事態である。我々は役割を果たさなければならない。』


『崩壊した世界が欠片となるまでの期間には差がある。中には欠片を生じない並行世界もあるようだ。』


『また、世界の欠片が増えた。』



世界の崩壊、生命。定説。欠片の産生。

聞き覚えのある単語を交えながら、まるで見知らぬ文言が並んでいる。


「これ、ここにいた人の記録か……?これは船長に報告した方がいいのか?」

「記録、にしてはやけにぼんやりしていませんか?……もしかしたら、創作された文章だったりしませんかね?小説のような!これを書いた人はきっと、デスクワークに飽きちゃったんですね。可哀想に……」


首を傾げて話す二人と対照的に、ハイルは深刻な顔をして考え込むような仕草を見せる。エマは、ハイルの様子を窺うようにチラチラと視線を送っていた。長考になる前に切り上げたらしいハイルはぱっと表情を変えると、二人に賛同した。


「……なんだか難しくてよく分かんないや。ラズの言う通り、小説の一部かも。完成してないのが勿体ないね。」

「そうですね!続きが気になります……」


エマは未だ表情を曇らせている。ハイルは自然にラズとシャルルから距離を取ると、エマに囁くように話しかけた。


「エマ。後でちょっと、時間いいかな。たぶん、……ううん、詳しいことはそのとき話すね。」

「……わ、かった。」


ハイルはエマの返答に軽く頷き、困ったように笑顔を見せた。

ハイルの、気まずくなれば笑う癖をエマは知っている。立ち直ったと思っていた心が締め付けられるようで、エマはハイルから目を逸らした。


「うーん、記録があるということは、この船も観測船…ってことですよね?何故こんなところに乗り捨てられているのでしょうか……」

「さァ……でももうちょい調べれば、何か分かるかもな。ここはいっちょ、勝つために頑張るか!」

「シャルル……!!頑張りましょう!」

「まあ、勝ち負けとかねえけどな。」

「シャルル!?」


ハイルがラズたちに声をかける。いつまでもここにいる訳にもいかない、次の部屋へ向かおうと、三人へ向けて提案した。どこか暗い顔のエマを不思議に思いながらもラズはハイルの意見を肯定し、四人は保管庫を後にした。



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《____???2F:管制室にて》


ラズたちと分かれ、三人が訪れたのは2階である。伸びる廊下と突き当たりの扉は見慣れた光景で、足は自ずと廊下の奥へと向かっていた。

廊下を歩きながら確認したところ、構造・内装はよく似ていても部屋の数は異なっているようだ。ひとつひとつの部屋が広く取られているのか、そもそも用途が異なるのかは探索してみないことには分からないが、中には探索が難しそうな部屋もあった。これだけ荒れていれば仕方無いと、無理やり納得した。


吸い寄せられるように歩いていけば、すぐに扉に辿り着いた。構造を考え、アハルディア47のそれと照会すれば、この扉の先が  主となる仕事場であることは容易に予測できる。意気揚々と進んでいくローレが扉に手をかけるのを、エスペランサはわずかに緊張した面持ちで見届けた。


「んー、あんまり、変わらないかな?」

「そう……ですね、吹き抜けなのも、船長室みたいなものが見えるのも同じですね……」

「……やっぱり管制室、みたいだね。ここ。」


ペスジアの言葉の通り、広い室内は吹き抜け構造になっていた。船員の記憶を元にすれば船長室とされるその部屋が、記憶と同じく出っ張っている。見上げる形になるそこの様子を窺い知ることは出来なかった、が、管制室の様子を思えば、そこは船長室だとしか考えられなかった。


改めて、細部に目を向ける。

部屋の最奥には壁一面に並ぶモニターの数々。その手前にはずらりと並ぶ操作機器、と一脚の椅子が配置されている。やはり、細部は異なるものの大まかに構造を捉えればアハルディア47と同じような配置になっているようだ。


「これ、同じなら動かせるかと思ったけどなんか結構違うっぽいな〜。操作方法考えようにもそもそも反応しないし。」

第九話: テキスト

「動かせたらこう……本当の観測船はどっちだ!?みたいなさ!頂上決戦みたいな!」
『観測船は二つも要らねえ……!』
「みたいな感じですかね?」
「いいねー!!いいねエンペラー!!」

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第九話: 画像

「ふふ、仲良しだね」


未知の船の探索を存分に楽しんでいるローレにエンペラーが応える。和気藹々としたその雰囲気に、 エスペランサも口元に手を寄せて笑っていた。

ローレが触れていた操作機器はアハルディア47に備えられた物よりも大きく、操作し慣れたそれらよりも余計なアタッチメントや配線がごちゃごちゃと多いように感じられた。扱うためのパネルも広く、基本的な配置は同じらしいが見覚えのないスイッチやランプが所々に散りばめられている。それらをどう扱うのか、また、どう作用するのか予測がつかないためその使用方法は三人には分からなかった。起動させるのは難しいようだ。


「明らかに違うのは……これと、デスクかな」


そう言ったエスペランサが指し示したのは、アハルディア47の管制室には無い機械。手前に椅子はなく、その高さからしても立って操作をする物であるようだ。自らの経験から、船の操作やバグの発見に使用するのだろうと予測のついた壁面の機械とは異なり、この機械には全くもって心当たりがない。


「ふむ、ボクも見たこと無い……けど、ここじゃあどれもこれも見たことなんて無いしなあ」

「きっと何か役割があるんでしょうね。何に使うんでしょう……」


試しに触れてみても、ほかの機器と同様起動することは無かった。どうやら、この船の機器は無事に見えるものでも内部で劣化し既に役目を終えているものばかりのようだ。操作を試みたところで、どの機器も操作どころか起動さえしない。


もう一点、エスペランサが挙げた異変はデスクである。もちろんローレやペスジアも気づいており、この二点が特におかしいという意見は三人の間で合致している。

デスク、それ自体には違和感はない。アハルディア47と大きく異なるのは、その数だ。


「うーん……人員不足、でしょうか。」

『求人かけねえとなあ』

「ボクらだって結構サボってるやつらいるし何なら多分人数多いくらいだよ。でもこのデスクの数だと、2、3人?……激務だな〜、相当。」


二人の言葉の通り、アハルディア47では船員分と雑務のためそれよりも少し多いくらいに並んでいるデスクがここにはほんのわずか、2、3しか置かれていない。彼らの船に当てはめデスクの数を人数とすれば、その乗組員の数も自ずと透けて見えてくる。数少ないデスク上には確かにかつて誰かがいたことを示すようにマグカップが放置されたままになっていた。この憶測が事実かどうかは分からないが、自身たちが行う業務を少人数でこなしている場面を想像してローレは肩を竦めた。

机上に置かれていたであろう資料やファイル、コンピュータは一部を残して無残に床に散らばってしまっている。記録方法は異なっているかもしれないがそれが世界の様子を記録していた痕跡だ、ということは船員である彼らにとっては一目瞭然の事実だった。管制室の様子、そしてこの記録の痕跡から、この船が自分たちが乗船する観測船と同等の存在であると結論づけた。 


「……ますます、なんでこんなところにあるのか気になりますね。事故……?」

「何か問題が起きたなら、僕らにもその危険性があるってことだから……どうにか原因を探りたいところだね。怪我には気をつけて、頑張ろうか。」


これ以上の収穫はないだろう。探索の目的を定め、三人は管制室に背を向けた。



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《____???1F:日用品・食糧庫にて》


3階の探索を終えたラズたちは、エスペランサたちに先んじて1階を訪れていた。効率を考え、まだ降りてくる気配のない彼らを待たず1階の探索を始めることにした。

1階を見渡したところ、アハルディア47よりもかなり部屋数が少ない。3階も同様であったため、この船の特徴として部屋を少なくして広く取っていることが挙げられるのかもしれない。

ひとまず階段を出てすぐ、正面に現れた扉に向かうことにした。もう緊張も無くなったのか、シャルルが躊躇いなく扉に手をかける。が、簡単に開くはずのそれは微動だにしない。不審に思い力強く押せば、ほんのわずかに隙間が生じた。覗いてみると、瓦礫の山が目に映る。どうやらこの部屋は潰れてしまっているようだ。惨状から予測すれば、おそらくこの部屋の辺りから激突でもしたのだろう。世界の欠片に何かの原因で不時着しようとして失敗し、事故に遭ったということだろうか。

そのわりに甲板は水平であったし、船内も移動が困難なほどの傾きは無く探索中に違和感が特に無かった。また、もしそうだとしたらこの船の船員たちは一体どうなったのか。記録の様子からして、明らかに人はいた。見つけてしまうのも問題だが、未だ、船員の影は視界の端にも映り込んではいない。言いようのない不信感を抱き、シャルルはひとり眉を寄せた。


「……この部屋は無理だ、入れそうにない。危険すぎる。」

「効率悪いけど、虱潰しに当たってくしかないね」

「なら奥から行きましょう!どんどん奥に進んでいくと、ランスたちとすれ違ってしまうかもしれませんから。」


そうして奥から順に探索を進めようとするものの、最奥の扉もまた開かなかった。1階は損傷が激しいようだ。長丁場になるかと身構えたところで、幸い二つ目の扉が開いた。そうして今、彼らはその中にいる。

倉庫であったらしいここは物に溢れており、倒れてしまっていたり端に寄っていたりもするが、医薬品倉庫と配置や棚そのものは似ていた。だが、置かれている物品はまるで異なっている。

船で見るような、くしやハンガー、筆記用具といった物品もあるものの、やはり目を引くのは見知らぬ物品だった。ラズが足元のそれを手に取り、首を傾げる。


「この……金属?は、何に使うんですかね?部品だったりしませんか?」

「?」


疑問に満ちたラズの声に、傍にいたエマが彼の手元に目を落とす。

ラズの手にすっぽりと収まるのは、上部に取っ手のようなものがついた円柱型の金属。エマは、それにひどく見覚えがあった。


「……缶詰…?」

「カン……?エマ、知っているんですか?」


食べ物らしい食べ物を、久しぶりに目にした。ブロック食ばかりであったアハルディア47に、食文化が違うのだろうと諦めていたがこれは確かに缶詰だ。エマのいた世界でも食されていた、馴染みのある品だ。

思わずハイルを呼べば、彼女にもやはり心当たりがあるようで、缶詰を見るなり目を見開いた。シャルルもハイルに着いてきていたようだが、彼もまたラズと同じく怪訝な顔をしている。


「これは……たべもの、です。」

「食べ物?これが?」

「……見てて、ください。いつのものかわからないから…開けない方がいい、かも」


エマが慣れたように取っ手に手をかけ力を込めると、小気味のいい音がした。……が、目論見通りにはいかず、劣化していたらしい缶のタブは役目を果たすことなく折れてエマの手から落ちた。


「あれ、……だめみたい。」

「……?それで、どういうことなんですかね……?」

「本当はエマがやったみたいにすると端に隙間が出来て、この蓋を捲ることができるんだ。簡単に折れるくらい劣化してたみたいだけど」

「へぇ、物知りだな」


シャルルの言葉を笑って誤魔化し、ハイルは部屋の奥に目を向ける。先程、呼ばれる前に発見しもしかしたらそうではないかと考えていたのだ。缶詰、つまり食糧があることを見て、確信した。


「ね、エマ。……あれ、冷蔵庫じゃないかな。」


彼女が指し示した先には大きな銀色の箱、戸棚のようだが中身は見えない。操作パネルもついておらず、ラズとシャルルにはその機器の機能も使い方も検討が付かなかった。不思議そうに箱を見つめている。

彼らにとってはまるで馴染みのないそれだが、エマとハイルにとっては少々形や大きさ、その見た目が違えども当然のように生活を共にしていた電化製品だ。近づき、取っ手を掴んで両開きの扉を開ける。


封がされている、中身が残っているペットボトルや瓶が数本と、手のひら大の紙箱や何かが入っていたであろう容器が乱雑に仕舞い込まれている。規則正しく並んでいたであろうそれらは、衝撃の影響か四方八方に転がっていたり瓶が割れ溢れた中身が背面にシミを作っていたりと酷い有様だ。内部は特に冷えていた訳でないため中の物は全て腐っているのだろうが、この様子は間違いなく冷蔵庫だ。続けて下段の引き出しも引こうとするが、中身が詰まっているのか固まっているのかそれが開くことは無かった。

久しく目にしていなかったとはいえ馴染み深いことに変わりはないその電化製品に、どこか懐かしい心地がする。常識外れのフィクションのような世界にひとり放り出されたことに心細さを感じずにはいられなかった彼女たちにとって、元の世界と繋がりのある物はこんな見知らぬ船の見知らぬ物品でさえ安心させてくれる。知っている世界なのだと思うことが出来る、気がしてくるのだ。

だが、それはつかの間の高揚で、冷静になれば襲い来るのは気味悪さだった。ブロック食ではない、所謂"普通"の食べ物がここにはある。この船が恐らく、同じく観測船であることは移動中に四人で意見をまとめた。ならば、何故アハルディア47にはこうした"普通"の食糧が無いのか。


「……不思議に思ってたの。この船に温室が無いこと。」


ぽつりと、ハイルが独り言のように零す。自身の考えを整理するように、ぶつぶつと言葉を連ねているが、ラズやシャルルは状況が掴めていないらしかった。無理もない、彼らはブロック食に抵抗がない、つまり食糧の知識がハイルやエマよりも圧倒的に足りていないのだから。

エマは二人の様子に、改めて自分たちと船員が別の存在であることを思い知った。



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《____???2F:連絡室にて》


管制室を出てすぐ、真っ先に現れた扉にそのまま入ってみることにした。何やら難しいことを考えて部屋を選ぶよりも、探索ならば端から端まで調べた方が成果が出るというものだ。

軋むような嫌な音を立て、扉が開く。アハルディア47であればリビングであるそこに足を踏み入れた。


「これは……ちょっと危ないね。二人とも、足元気をつけて。」

『おう!ありがとな!』

「みんな、しっかりした靴で良かったですね。シンシア君とか……破片刺さっちゃいそうです。」


破片。破片。破片。机に置かれていた機器が衝撃の影響で床に落ちたのだろう。旧型のコンピュータの残骸と思しき物があちこちに転がっていた。管制室と同様、元々のコンピュータの数は多くはないようだ。破片を脳内で組み合わせざっと数えれば、ふたつほど。もちろん三人のうち誰にもこの部屋に心当たりはない。リビングとはとても言えない、アハルディア47には無い部屋である。


「見たことのない未知の部屋……結構じゃないか!どんな部屋だろうか、コンピュータ制御室だとか、モニターの様子からして……ん?奥にも続いてるな?」


好奇心をそそられた方へとあちこち駆けていくローレの後を追うようにして、部屋の奥へと二人が続く。


進んだ先、部屋の奥には壁際一面に一枚の大型のモニターが設置されていた。破片となって散っていたデスクトップコンピュータとは異なり、衝撃に揺らぐことなくその姿を保っている。この様子からして、この部屋の存在意義を果たすために主となる場は恐らくここなのだろう。

モニターの正面には座り心地の良さそうな椅子と、アハルディア47のどれもと違うらしい、複雑な操作を必要とするであろうパネルを発見した。ローレは椅子に沈み、座り心地を確かめているらしい。なかなか良かったと親指を上げての報告に、エンペラーも片手を上げて返事をした。

周辺には、アハルディア47や無線の使用の際目にするような宙に画面を映し出す機器も置かれている。また、大型の箱だろうか、見慣れない機器には受話器のようなものが取り付けてあった。


「やっぱり反応なし、か。ここの機械、みんなもうだめなのかもしれないね。」

役割を終えたのか、エスペランサが周辺機器を少し触ってみてもやはり反応はなかった。

大きなモニターの傍らにあるデスクには、デスクトップコンピュータであるにも関わらず、変わらず佇む立派なコンピュータが備えつけられている。大きさ、置かれている場所、その他様々な要因から、これがメインコンピュータであっただろうことは容易に予測できた。


管制室、連絡室と、どちらの機器も全てが起動しなかった、反応しなかったために、恐らく危機感が薄れていた。未知の船、その機器に触れて何が起きるかなど、予知能力なんてありはしないのだから誰にも分からない。


「これだけ確かめないのもおかしいし……一応、確認しておくね」

「ありがとうございます」

「なーんも無いな、結局…………、え」


周辺機器と同様、何も起きないだろうと半ば試すような心持ちで画面に触れれば、不快な雑音とともに画面いっぱいの砂嵐が映し出された。

突然点滅し始めたモニターに目を奪われ、誰一人身動きが取れず、瞬きも忘れて立ち尽くす。

ブツ、と途切れるように砂嵐が止むと、次々に画面が切り替わった。


様々なアプリケーションが開き、閉じ、原色の画面が表れ、砂嵐になり、暗転し、アプリケーションが開き、原色の画面が表れ、暗転し、アプリケーションが開き、砂嵐になり、


そうして絶えず乱れながら、最後に画像が表示された。

第九話: テキスト

『OZ』

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第九話: 画像

暗転。



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《____???1F:船長の個室にて》


1階。ちょうど階段を降りてきたエスペランサたちと、日用品・食糧庫の探索を終えたラズたちが廊下で対面した。無事合流出来たことに胸を撫で下ろしつつ、各々の探索結果とそこから推察されたことを共有した。

話は聞いたが、実際に目にして経験したそれらと報告として聞いただけのそれらでは天と地ほどの差がある。きっとお互い、事務的な報告には含めていない経験をしたはずだ。

管制室の機器すらエスペランサをもってしても分からなかったことから、恐らく動力室の機械も誰にも理解は出来ないのだろう。また、軽い気持ちで起動させるべきではないと、2階の探索を終えた三人は口を揃えて主張した。何故かと問えば、エスペランサは一瞬言い淀みながらも意を決したようにまっすぐ四人を見据えて告げた。


「……コンピュータに触れたんだ。唯一その機器だけが反応して、……いろいろあって、画像を表示して電源が途絶えた。再度触れてみても、もう反応はしなかったんだ。」


「画像は、……ごめん、確証は持てない。でも伝えておくべきだと思う。僕達の見解を。」


「画像は……船長。この船の、じゃなくて、僕達の船長だったと思う。ローレよりも若い、子供の頃の船長だ。」


これ以上は自分たちにも分からなかったと申し訳無さそうに笑顔を見せた。

彼らの表情にはどこか疲れが滲んでいる。仔細は報告で聞いたが、到底信じられるものではない。1階を探索していた四人も衝撃を受けていたが、実際に目にした彼らの心労は計り知れないだろう。


それが何を意味するのか。この船で得た違和感はあまりにも多い。

ピースが揃っていないミルクパズルなど正しい位置に置けるはずもなく、違和感はそこらに浮遊するばかりである。

しかしこれらは散らばっているようで、どこかが繋がればすべて解き明かされるような気もするのだ。足りていないピースがあと幾つなのか、たったひとつかもしれないし無数に存在するのかもしれない。ここで得られるならば、探さない手はないだろう。


誰もが考えることばかりで頭を痛めている。それでも出来ることをやっておこうと、意見が一致した。


シャルルが、目の前の扉に手をかけた。



ベッドにデスク、クローゼットやモニター。備え付けられた家具は例に漏れず、衝撃の影響か床に伏しているものも多くあった。その物の多さから、衝撃のせいで散らかっているのでなく部屋の主が元来片付けが苦手である可能性も考えられた。デスク上の物がすべて床に散乱していないところを見ると、恐らくその上は元々散らかっていたかかなり物が積んであったのだろう。


「船なら、船長の個室にあたるところか。……同じ、って考えていいのか?」

「すごいねこれ。図書室みたい。部屋の持ち主は読書家なのかな」


特に目を引くのはその蔵書だ。大きな本棚がいくつか倒れており、そこに並べられていたであろう厚い本があちこちに散らばっていた。床に投げ出されたためにページがぐしゃぐしゃに折れてしまっているものや本棚に挟まり破れているもの、その他諸々。持ち主が目にすれば嘆き悲しむだろう惨状となっている。


「船長の部屋と全然違いますね!物が多いというか…ラズも酔いつぶれシャルルのお迎えで何度かお呼ばれしましたが、船長の個室は本棚なんてありませんし。」

「……?そんなことあったか?」

「…………覚えてないんですもん、シャルル……」


「でも部屋があるってことは人がいたってことだ!誰だか分かんないけどさ〜、マグカップもあったしその持ち主かな?」


部屋を見渡し、各々が目につくところに足を向けた。

ハイルとエマは壁掛けのそれに一目散に向かっていき、その前で何やら話している。

第九話: テキスト

「……カレンダー。」
「…そうだね。やっぱり、わかるよね。この斜線とかマル、なんだろ。47……?」

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第九話: 画像

黒字に枠線を引き、白く文字が抜かれている紙の束。順序よく数字が並んでおり、横に6つ進むと次の段へと移行する。それを5段分重ね、そこで1枚を終える。捲れば数字は61から再び刻まれていた。

現在表に出ている紙は30から始まっており、46まで斜線が引かれている。それ以降の斜線は無い。白く書かれたマルは、次の紙も含め、ある縦列にずらりと並んでいた。

ふと、足先で何かを蹴った感覚にエマが膝を折る。拾い上げると、それは端が黄色に彩られたマジックペンであった。


「これ、使ってた……?なら、線引いた人、やっぱりここの人?」

「部屋に掛けてるくらいだし、たぶん。カレンダー、懐かしいや。ちょっと日付の感じは違うけど……日付?」


「アハルディア47に、日付ってあった?」


デスクの辺りには、ラズとエスペランサがいる。物が散らかるデスク上に何か無いか、探しているらしい。


「あ!これ!どうですか!?日記……日誌?って書いてあります!本体は何処かへいってしまったみたいで、破れた数ページしかありませんが……」

「!凄いねラズ!見てみようか」

「フフ!ありがとうございます。小説書くの上手みたいですし、楽しみです!」

「小説……?」


ラズがくたびれた紙を数枚手に取り、エスペランサもそれを覗きこむ。


『21:考えることは尽きないが、書くことはいい加減に尽きてきた。わずかに泣き言を書く程度ならば、許されはしないだろうか。早々に話題が逸れてしまった。本題に入る。バグの出現は前13、周期に狂いはないため注意深く経過観察とする。各種機器に不備無し。劣化の可能性はほとんど無いのに、機器の不備は報告の必要があるのか?』


『23:先日、友人が亡くなったという。彼と最後に会ったのはいつだったか。背中を叩き送り出してくれた彼に、温かく迎え入れてもらいたかったものだ。どうか、安らかに。本題、22に同じ。たまには省略も許してくれ、仕事はしているんだから。』


『25:崩壊が始まっていた世界が、本日完全に消失した。近々欠片が増えるだろう。崩壊のその時、並行世界にいた生命はすべてその命を遂げる。例外はない。私には、彼らも同じ命に見えてならない。歳をとったのだろうか。歳なんてとらないだろうだとかつまらない指摘はよしてくれ。これは消しておいた方がいいな。(付箋:50に消す③)』


『30:アハルディア46の船長としてこの日を迎えるのは今年で最後なのだと思うと、何やら感慨深い。47の彼は、どんな人間に成長したんだろうな。本題に入る。バグの出現は前24、わずかにズレが見られる。原因が分かった。並行世界:76の基盤が不安定になっている。バグの兆候。資料によれば、76は先々代44の頃より存続。したがって、自然崩壊を待つ。各種機器に不備なし。いつも通りだ。』



アハルディア47。アハルディア、46?

____この船は、つまり。



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《____アハルディア46周辺にて》


アハルディア46を降り、今は彼らの船への帰路。

もう、何が何だか分からない。純粋な、心からの感想と言えばそれだった。全員がそう思っている。思考を放棄してしまいたいとも、思っていた。


「……情報をすべて洗い出して、整理してみないと。文字に起こしたらまた何か見えてくるものもあるかもしれないし……船に戻ったらもう一回、この七人で集まろうか。みんな、予定は大丈夫?」


エスペランサの言葉にそれぞれが頷く中、エマはハイルへ視線を向けていた。ハイルが頷いたのを見て、エマも釣られて頷く。

彼女が頷いたのならば、後で話そうというのはきっとこの帰路を指している。すべてハイル任せで申し訳ない、せめて謝罪くらいは私の方から。


全員が頷いたのを確認して、エスペランサも頷いた。続けて、七人もぞろぞろと連れ立って帰るのは事情を問われる可能性が高い、あの船のことは整理がついてから話そうと、エスペランサは提案した。彼の言葉に則り、ひとまずは船を出たメンバーに再び分かれて船へ向かっている。



のんびりと話をしながらゆっくり歩いていれば、突然シャルルの服が引かれた。エマだ。ほんの少し俯きがちに、しかし心を決めた目を携えて口を開く。


「シャルル、さん。……エマ、ハイル…と話してくる。」

「……おう、行ってこい」


こくりと頷き、拳を作る。背を向け、ハイルの方へと駆け出した。

シャルルの激励に拳を作って応える姿は、確かに彼の知るエマだった。


「……仲直り、ですかね!」

「元気になったらいいな。」

「ふふ、そうですね。……シャルルも元気になったみたいで、良かったです。」


ラズは、少しいたずらな表情を浮かべてシャルルを見た。


「ああ……ラズ、なんつーか、心配かけたみたいで悪ぃな。もう大丈夫だ。お前が心配するようなことはなんもねえよ。……ありがとな」

「……」

第九話: テキスト

「あっはは!なんつー顔してんだ。イケメンが台無しだぜ?」
「……困ったことあったら教えてくださいって言いました!誤魔化されませんからね!」

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第九話: 画像

……ふふ、でも褒めてもらえたのは嬉しいです」

「素直でよろしい!花丸だな!」


きっとエマは、ハイルと仲直りが出来る。そうして、話したいことが沢山あるからと二人で話しながら帰ってくる。だから、二人は二人を待たずして船に向けて足を踏み出した。彼らの後には、歩幅の違う足跡が仲良く並んでいた。




「ハイル!」

エマの声に、ハイルが振り返る。船のすぐ傍、人が踏み入れていない場所だ。二人の間に表面の軽い雪が吹き上がり、煌めいている。


「…………エマ、あの、…」

「ハイルに、話したいこと、ある」


ハイルが話したいと言ってエマに声をかけたのは、保管庫で見た文書の内容だろう。……崩壊した世界に、生命は無いというあの文書。自分たちのいた世界について、思うところがあるのは言うまでもなかった。けれど、そんな話は船に戻ってからでもできる。


エマは、ハイルと、仲直りがしたかった。前のように接しろとも、また親友と呼べとも、そんな図々しいことは言わない。ただ、有耶無耶になってしまうことだけはどうしても嫌だった。

傷つけあって避けあって、周りに気まで遣わせて。何より、ハイルにそんな顔をさせてしまう自分が嫌で、逃げたくて。人殺しの自分は、誰とも仲良くすべきではないのは自分が一番、痛いくらいに分かっている。分かっているが。それでも、このまま終わってしまうことだけは嫌だ。


「ハイルに憎まれたって、しょうがないと思う」

「エマが、人を殺したのはひっくり返せない事実で、ずっとエマは殺人犯のままだ」

「エマ、 」

「聞いて!」


大きく息を吸い込み、吐き出した。こんなに大きな声で、自分の気持ちを伝えるなんていつぶりだろうか。


「ハイル!憎んでいいよ、怒っていいし、怒鳴っていい。痛いのはいやだから、ハイルはしないだろうけど叩くのはやめてほしい。エマは、ハイルと、ハイルの気持ちぜんぶ受け止めるから、あなたをそのまま受け止めるから。ぶつけてほしい、教えてほしい!」


「我慢しなくていいよ、でも、そんな一方的なの友達じゃないから、エマも、ちゃんとぜんぶ伝える。対等でいよう!エマ、毎日、ハイルのこと避けちゃって、逃げてばっかで、怯えてるみたいだった。ごめんね、ハイル。」


尻すぼみに声は小さくなっていく。声を上げながら、ついに溢れてきた雫を隠すように俯いた。

思いのままを伝えた、伝えはしたが、ハイルにとってはこんな話は不愉快かもしれない。唇をきつく噛み、祈るようにしてハイルの言葉を待っていた。

いつまでも返ってこない言葉に、恐る恐る顔を上げる。ハイルはこちらを睨みつけるように立ち、パーカーの裾を固く握り締めていた。その様に、ああ間違えたのだとエマは顔を強ばらせる。彼女が完全に顔を上げ、目が合った途端、ハイルはエマの元へと駆け出した。そして、勢いのままに飛び出し、突進するようにしてエマを抱きしめた。


「!?ハイル……!?」


「ばか!ばか!エマのばか!悪いのぜんぶ、私だったじゃん!あんなに酷いことして、酷いこと言って突き放して、あんなの八つ当たりだって怒ればいいじゃん!やり返せばいいのに、なんで、なんで自分のせいにして背負い込んでさ、先に謝ったりなんてしちゃうの!?」


鼻声混じり、ハイルのこんなに大きな声も、初めて聞く。


「ごめん、ごめんねエマ!ずっと謝りたかった、エマにいちばん謝りたかった!でも私、どうすればいいのか分からなくて、許してもらえるとも思えなくて、……ッ、…………こんな、言葉で伝わるなんて思ってないし、……エマを傷つけたのは、変わりない。…………ごめんなさい。」


「ハイル…………」



自分の思いを口にせず飲み込み、消化してしまうハイルが、まとまりのない思いをそのまま告げてくれている。二人とも、お互いに見せられないような酷い顔をしているが、ずっと胸の内に燻っていた思いを言葉にしたためか心はどこか晴れやかだった。


先程までのハイルの一連の行動は、昂った感情のまま、憤りやら悲しさやら嬉しさやらで焼き切れた思考回路に従い起こしたものだ。冷静になった彼女はゆるゆるとエマから離れたと思うとフードを深く被ってその場に蹲った。恥ずかしいらしい。そんな様子を見て、エマが笑う。ハイルに歩み寄ろうとしたエマが、安心感からか力が抜けた足のせいで膝を折るようにして尻もちをつけば、ハイルも笑った。


そこに、以前のようなぎこちなさは無い。一頻り笑うと、二人は顔を見合せた。ハイルはあるものを視界に捉えると、少し目を見開き、視線を逸らして自身の耳に触れた。


「……ね、…ハイル。」

「、なに?」

「また、お揃い。する?」

「!」


エマの言葉に、ハイルが弾かれたようにエマを見たが、すぐに目を逸らし手持ち無沙汰に両手をいじる。絞り出すように、眉を下げて告げた。


「私、……なくしちゃって、ピアス。……あのとき、外したから。それでだと思うんだけど……」

「いい、大丈夫、ハイル。申し訳なさそうな顔、しないで?……あの、……」


エマは、自身のショートパンツのポケットを探る。触り慣れた固いものが指先を掠め、決意を固めるように息を呑んだ。


「……受け取って、…くれる?」


エマの手には、眩しい太陽の色を冠した花が小さくも力強く咲き誇っている。それは、エマの右の耳にも咲いていた。


「これって……」

「うん、……あのとき拾って、仕舞ってた。」

「…ありがとう、エマ。また、私にくれるの?」

「そのために拾ったから」

第九話: テキスト
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第九話: 画像

花が、返り咲く。



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第九話: テキスト
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